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ひまつぶし

気になることを統一感なく

小説の評価してくれ

くだらない日記 北海道

初めて書いた小説。もう3年くらい前ね。地元を題材にした地元民のための小説みたいなとこもある。なので、おれが住んでいるここを知らないやつでもわかってもらえるのかを、ちょっと知りたいと思ったし、どんな評価されるのか知りたい気もしたのでその小説を載せてみることにした。

これ見て、小説書く人の集まりがあるのね~ってなって

つい読者登録したら小説を書きたい熱がまたわいてきたわけ。

 

 

載せる小説は、地元の新聞で年に2回行っている紙面に載る企画に応募したもので、ルールは400字詰め原稿用紙16枚。入選すると新聞の半面で掲載される。

 

16枚ってすごい大変なのよ。なにが大変って、書いてると16枚でなんか収まらないの。気付いたら40枚くらいになってしまう。16枚に抑えようとしてたのに40枚になったものを、めちゃくちゃ悩んで削って削って16枚にしたのw

 

で、初めて書いたんだけど入選したのよね。初めてだから、甘あまの審査だったと思うのね。

 

そこで!文才溢れるここ「はてなブログ」の村民に公開して、辛口評価をもらって、今後の課題にしたいなぁと。小説かじってる人ちょっときてー。

 

 

 

帯広空港

 

「ねぇパパ、ねぇパパったら」

ありさは日曜の朝から元気である。
子どもというのは学校が休みの日は早起きと相場は決まっている。
ありさというのは小学生三年生になる私の娘。しかし私は娘のように小学生ではないので、
日曜というのは少しゆっくり寝ていたいという願いがある。

「う~ん、もう少し寝てていいかい」

昨日の夜は撮り溜めた録画ビデオをママと見ていたのだ。
ママというのは娘のママであって私のママではないが子どもが出来てからはこう呼んでしまうことが多い。

「今日はドライブに行くって約束したよ」

娘はそう言って布団を次々と片付ける。 ああ、そういえば何日か前にパソコンで大事な仕事をしている最中に、
あまりにもしつこく仕事の邪魔をする娘を【ドライブ】という単語で静かにさせたことを思い出した。
娘は赤ちゃんの時から夜鳴きのたびにドライブに連れ出していたせいか、
車に乗って移動するだけなのにほんとうに楽しそうにするのである。
そもそも娘がなぜ仕事の邪魔をするのかを説明すると、娘は私があまり仕事をしていないと思っているのである。
ネットショップを経営している私は家でパソコンの前に向かっていることが多い。
それが娘には家でずっと座ってパソコンで遊んでいるように見えるのだ。
そしてタイミングが悪いことに、娘がパソコンを覗きにくる時はなぜか私が休憩でネットサーフィンなどをしている時が多く、
それを見るたびに『パパは仕事をしていない』という自分の意見が確信に変わっていったのだと推測している。

「わかった、わかった、わかったよ」

すでに布団を取られた私はそう言いながらゆっくりとまだまだ目覚めていない身体を動かした。
動き出したと同時に娘がカーテンをあける。眩しい日差しが差し込み一気に身体が目覚めていくのがわかる。
目覚めてくると周囲の様子がだんだんわかってくるもので、その時やっとママが朝ごはんの支度をしている匂いを感じた。。

「ママも起きてたんだね」娘に言うと 「ママもありさが起こした」とニッコリ。

ママも昨日は私と一緒にテレビを見て遅くまで起きていたのに何時に起こされたんだろうか。


朝ごはんを食べて車の準備をする。起きてしまえばしっかりしたい性分なので私の出掛ける準備は万端であるが、
娘はというと直前になると色々とし忘れたことを思い出しては自分の部屋に戻って準備が完了しない。
娘は確実にママの血を受け継いでいると実感する瞬間である。そのママはドライブには行かないと言う。
誘ってはいないのだが、誘われては困ると先手でこう言ってきた。

「洗濯と掃除が山積みよ。全部あなたたちが散らかしたものだけどね」

これは大変だ。怒っているようである。娘も同じ空気を感じたのか、ママの発言と同時に準備は完了した。


車に乗り込んだ私たちはどこに行くかもまだ決めていないが、それはいつものことで、
お互いにただドライブがしたいだけなので決まるわけがない。

「どこでもいいよ。パパのすきなとこで」

娘はいつもこれだ。ほんとに乗っているだけで満足なのであろうか。
悩んだ挙句まずは出発することにした。とりあえず発進した車はこの西帯広から南に向かっていた。


数分走り車は帯広の森にさしかかったところでふとひらめいた事を娘に相談してみた。

「ねこバス通りに行ってみないか」

ねこバス通りというのは私が勝手に付けた名前で、帯広の森から、旧帯広空港があった方面に行く道なのだが、
あのねこバスが走る森のイメージにぴったりな場所なのだ。娘もトトロは大好きで、たぶん二十回以上は一緒に見ている。
そんな道があるならと、娘はもちろん賛成してくれた。帯広の森球場などスポーツ施設がある場所を過ぎるとねこバス通りはある。
少し走って左にある森に一本だけ車で走れる道路があるのだ。
他にも道は数本あるが徒歩や自転車のための道なのだ。車用のそこに到着して左に曲がるとそこはいよいよねこバス通りである。

「わあ、すごいよパパ。ほんとにねこバスの道みたいだ」

道路の周りの木の枝が太陽の光さえも遮るようにうっそうと道路の上まで生え、それはまるで木のトンネルなのである。
娘に気に入ってもらい私も悪い気分はしない。ついでにその先にある旧帯広空港のことも話したくなってきた。

「昔はこの先に空港があったんだ。柵があってなあ、そこからすぐ目の前に大きな飛行機が見れてパパはそこから見る大きな飛行機が大好きだったんだ」

娘には私の下手な説明ではうまくイメージが伝わらないかもしれないが、めったにこんな話しをしない私を真剣に見てくれているのがうれしかった。

「ちょっと車を降りて見に行こうか」


ねこバス通りを抜けると、すぐその空港跡地はある。跡地と言ってもまだ現役で自衛隊が飛行場として利用しているようだ。
もちろん自衛隊の施設には入っていけないので通行の邪魔にならない少し離れた道路わきに車を止めふたりは管制塔の近くまで歩いた。

「いまも飛行機飛んでるよパパ」
「セスナだね。たぶん訓練じゃないかな」

そう言いながら私には幼い頃に間近で見た大きな旅客機が目の前に鮮明に蘇っていた。
幼稚園児のころにはここで写生会をした記憶も蘇ってきた。とても懐かしい気持ちに包まれた。


「次はどこに行こうか」

私は娘に話しかけながら車へ歩き始めた。

「次はねえ……」

そう娘が話し始めたところで、少し離れたとこに止めた車の横に誰かが立っているのが見えた。
年は私くらいか。少し長髪で半袖シャツにパンタロン。男性だろうというのはわかる。
どことなく古めかしい服装ではあったが嫌いではないセンスだ。
いったい誰だろうと、考えながら歩みを進めると車自体も違うことにようやく気付いた。

「あれ、パパの車じゃないぞ」

そう話して娘を見ると、そこにいたはずの娘がいなくなっていた。

「ありさ! どこだありさ!」

まわりを見ても見当たらない。これは大変なことになった。


そんな混乱している私に車の横に立っている男性が話しかけてきた。

「光弘、満足したか。さぁ帰るぞ」

光弘というのは私の名前だ。そして光弘と私を呼び捨てするのは今まで生きてきた中で三十年前に死んだおやじだけなのである。

「お、おやじなのか」
「なにを言ってるんだ、当たり前だろ。さあ早く車に乗れ」

私は混乱した頭でこの出来事を整理しようとしていた。ねこバス通りを見に来た。飛行場を近くで見た。ここまで娘はいた。
帰ろうと振り向くと車が変わっていた。そしてそれを伝えようとしたときには娘はいなかった。その代わりおやじが現れた。

なんなんだこれは……

車には見覚えがあった。昔おやじが乗っていた車だ。おやじは車が好きで車はいつもピカピカに磨かれていた。
その車も当時の記憶のままであった。私はその車に乗ってドライブに連れて行ってもらうのがとても大好きだった。

そう、私はドライブが好きだった……


これは私がタイムスリップというものをしたのだろうか。いや、ただ夢を見ているだけなのかもしれない。
はたまたその場で倒れて走馬灯を見ているのかもしれない。娘は心配だがこれは現実ではないのだろう。
とりあえず今は何をどうしたらいいのか全くわからない。どうしたら元に戻るのか……


そして私はその懐かしい車の後部座席に乗り込むことにした。
抵抗するより素直に受け入れて観察することで元に戻る方法がわかるかもしれないからだ。
乗ってまず気付いたのはタバコの臭い。おやじはタバコを吸うときに窓を開けてくれないのですごく煙たかった記憶がある。
そんな車の助手席から今度は数年前に他界した母さんの声がした。

「ひろ、シートベルト」

かあさんまでいるのか。しかしもう驚きはしない。数年前に他界したかあさんが現れても不思議ではない空間に私はいる。
それにしても懐かしい優しい声が心地よい。かあさんは私を叱ったことがない。いつも優しく包んでくれた。
叱り役はおやじの役目で、この役割分担が大事なんだと大人になってからまだ健在だったころのかあさんに教わった。

「子どもには逃げ道を作っておいてあげなくてはだめよ」

穏やかなかあさんとの時間を思い出して温かくなった。

「さあ、行くか」

おやじはエンジンを噴かして車を走らせた。若々しいおやじが妙に新鮮だった。
そういえば私はどのように見えているのだろう。車のフェンダーミラーを覗くとそこにはいつもと変わらない自分がいた。

――自分は変わらないのか。やはり夢なのかな。それとも他の人には幼く見えていたりするのだろうか――

「おやじどこにいくんだい」
「もう帰るぞ。仕事を抜け出してきたんだ。長居はできん。まだ家具の配達が残っているんだ」
おやじは昔、個人で小さい家具屋をやっていた。人を雇うほど儲かる商売ではなくいつも一人で忙しそうにしていた。
かあさんは私の子守と店番だ。それでもこうやって暇を見つけては家族三人揃ってのドライブをしてくれた。
遠出は出来なかったが、これが堪らなく大好きだった。

「おれ、この三人のドライブ好きだった」
「何言ってんだ光弘。今ドライブ中だぞ好きだったはないだろ」

おやじはそう言って笑った。母さんも笑っているのがわかる。

「あ、ごめん」
「謝ることないのよひろ。お父さん笑うの久しぶりに見れてお母さん嬉しいわ」

なんだかすごく幸せだ。また家族三人でドライブが出来るなんて思っても見なかった。
そういえば店に着いたらこのあとどうなるんだろう。このままなのだろうか。
それとも現実に戻って私は病院のベットの上に寝ていて、

「意識が戻ったぞ」

なんて皆が涙するのだろうか。 そんなことを思っているうちに市街地まで来てしまった。
市役所が見えてきた。五条通りのアンダーパスを抜けて懐かしいY字型の市役所の横を通る。奥にはO型の厚生病院も見える。

――こんなに低い建物だったのか。当時はすごく巨大に見えたのに――

市民会館も懐かしい。この辺は小学校への通学路だった。
西二条五丁目に住んでいた私は中央公園を抜け、セントラルボウルと開発官舎の間を通り、
ヤングセンターや問屋街の先の帯広小学校に通っていた。
まだ士幌線も健在で上級生が線路に石を置いて全校集会になったことも覚えている。
景色の何もかもが懐かしく楽しい思い出ばかり思い出した。

「ついたぞ、光弘」

店の隣のガソリンスタンドに車を停めるおやじ。おやじはいつも自分の敷地ではなくスタンドに車を停める。
このスタンドに車を停めるようになったいきさつが面白い。実はおやじの車好きは運転だけで洗車を全然しなかったらしいのだ。
車は好きなので当時の若者が好きそうな車を乗っていたようなのだが、如何せん洗車をしないおやじの車はいつも汚い。
それを見かねた若いスタンドの店長が我慢出来なくなって
「お願いですから洗わせてください」 と、お願いに来たのだそうだ。
それ以来洗車と給油が同時に行われるようになったようだ。
そんな店長には私が見えていないのだろうか、全く私が存在しないような振る舞いである。
見えないならその方が面倒がなくてよい。私たちは隣の店に向かった。
建物は家具屋は一階にあり、自宅は二階という造りである。 おやじはすぐさま配達の準備をして出掛けようとしていた。
通りかかったパトカーが

「おーい、シートベルトしてけよー」

とマイクでおやじに話し掛ける。おやじは手をあげて挨拶する。
なんて大らかな時代なんだ。そんなやり取りの後おやじは荷台の家具を縛っている紐を確かめてから出発した。
奥の事務所にはかあさんが残っている。応接用として小さなソファーと小さなテーブルがある小さい事務所だ。
私はここに置いてある漫画を読むのが好きだった。私はその事務所に入りソファーに腰掛けた。母さんは伝票整理をしながら言った。

「読んだら仕舞っておいてよ」

かあさんは私が事務所にくる用事は漫画しかないと思っているようだ。しかし今日は漫画に用は無い。
久々に会った母さんと少し話しがしたかった。

「かあさんもドライブ好きなんだね」
「何言ってるのよ。すぐ車酔いしちゃうから大嫌いよ」
「えっ嫌いだったの!」

これは初耳でかなりの衝撃を受けた。いつも三人でドライブをしていたのだから当然ドライブは好きなものだと思っていた。

「ひろが、どうしてもって言うからいつも一緒に行くんじゃないの。ひろとお父さんとのドライブは好き。だから行くの。」

そうだったのか。そう言ったかは覚えていないのだが、三人でのドライブはたしかに楽しかった。私が頼んだことだったのか。
そういえば娘とのドライブはあるが、ママも一緒にドライブしたのはどれくらい前だったろう。相当前のような気がする。

ママも私とのドライブが好きだろうか。 今度、ママも誘ってみようかな……

ママもドライブに誘おうと思った瞬間、私は現実の世界に引き戻された。
そこは旧帯広空港だった。ちょうど見終わって歩き始めたあたり。娘は次はどこに行くかを私に話している。

「ねえパパ。ねえったら」

そう言われて娘を見た。娘は話しを聞いていない私に怒っているようである。

「あ、ごめんごめん」

娘に謝ってそのまま話しを続けた。

「ありさ、次は家に戻ろうか」
「えー、もう戻るの」
「うん、そしてママ誘って、三人でまたここに来ないか。ママにも教えてあげたいんだ。パパの小さな時の思い出を」